先日、『パパイヤを意味するタイ語「มะละกอ(マラゴー)」の語源』についてご紹介しました。
本記事では、パパイヤのタイへの伝来とも関係がありそうな唐辛子について、そのタイ語「プリック(phrík/พริก)」の語源、胡椒を意味する「プリック・タイ(phrík thai/พริกไทย)」との関係、タイでの唐辛子の歴史を紐解いていきます。
- 現在は唐辛子を意味するタイ語「プリック/พริก」の語源と、胡椒を意味するタイ語「プリック・タイ/พริกไทย」との関係
- タイでの唐辛子の歴史
なお、本記事を書くきっかけとなったのは、Twitterでこわかりんさん(@hakuthai)からいただいたコメントでした(ありがとうございます)。
では、はじめます。
タイ語「プリック/พริก」の語源
タイ語「プリック/พริก」の語源はモン(Mon)語の「เมฺรก(mreek)」、その元はサンスクリット語で胡椒(黒胡椒)を意味する「マリチャ(marica/मरिच、タイ文字表記はมริจ)」と言われています。
「เมฺรก(mreek)(*)」の「มร(mr)」の部分が「ปร(pr)」または「พร(phr)」に発音され、そこからタイ語の「พร(phr)」につながったと考えられます。
(*)เมฺรจの説もあるようです(「ก/k」と「จ/c」は入れ替わりが起こるケースがあるとのこと)。
整理します。
サンスクリット語
「マリチャ(marica/मरिच)」
【意味】
胡椒、こしょうの木
(『梵和大辞典』)
黒胡椒、こしょうの低木
(『モニエル梵英辞典』
※和訳は当方にて)
※パーリ語も「marica」
※タイ文字表記は「มริจ」
↓
モン(Mon)語
「เมฺรก(mreek)」
(またはเมฺรจ(mreec))
↓
タイ語
「プリック(phrík/พริก)」
また、クメール語でも、
「(タイ文字表記で)มริจ(マリッ、※正確な音は不明)」
カンボジア語(現代クメール語)
「マレッ(mrech/ម្រេច)」
となっており、サンスクリット(やパーリ)語にかなり近い語であることがわかります。
特に現代においても、カンボジア語で胡椒を意味する語が「マレッ(mrech/ម្រេច)」なのは、その語源がサンスクリット/パーリ語「マリチャ(marica)」であると推測できるほど、音が残っていますよね。
加えて、タイ語で唐辛子を意味する「プリック(phrík/พริก)」と、カンボジア語で胡椒を意味する「マレッ(mrech/ម្រេច)」の語源が実は同じサンスクリット/パーリ語、という点も単語をぱっと見ただけではわからないため興味深く感じました。
「プリック/พริก」と、胡椒を意味する「プリック・タイ/พริกไทย」との関係
元々タイには南インド原産の胡椒があり、「プリック(phrík/พริก)」と呼ばれていました。
後に唐辛子が伝来します(時期については後ほど考察します)。
伝来した当初、唐辛子は「プリック・テート(phrík-thêet/พริกเทศ)」と呼ばれていました。
「テート(thêet/เทศ)」は「外国の、外来種の、外国産の」という意味の語です。
(他に「国・地方」という意味もあります)
タイ語「テート(thêet/เทศ)」の語源は、サンスクリット語で「地域・場所・地方・国土・国」といった意味を持つ語「デーシャ(deśa/देश)※男性名詞」です。
(※パーリ語は「デーサ(desa)」)
(唐辛子伝来当初)
胡椒 | プリック (phrík/พริก) |
---|---|
唐辛子 | プリック・テート (phrík-thêet/พริกเทศ) |
その後「プリック・テート/พริกเทศ」の「テート/เทศ」が外れ、唐辛子はタイ語で「プリック/พริก」と呼ばれるようになり、現在に至ります。
一方、唐辛子と区別するため、胡椒は「プリック・タイ/พริกไทย」と呼ばれるようになりました。
「プリック/พริก」の後ろにつけられた「タイ/ไทย」は、「タイオリジナルの、元々のプリック」という意味を持たせるためにつけられたのではないか、とも言われています。
(現在)
胡椒 | プリック・タイ (phrík-thai/พริกไทย) |
---|---|
唐辛子 | プリック (phrík/พริก) |
そこで気になるのは、いつタイに唐辛子が伝来したのか?、そしていつ「プリック/พริก」の意味が胡椒から唐辛子になったのか?ということです。
諸説あるようですが、タイ語の資料を参考に見ていきたいと思います。
タイでの唐辛子の歴史(諸説あり)
いつタイに唐辛子が伝来したのか? 誰が持ち込んだのか? そしていつ「พริก/プリック」の意味が胡椒から唐辛子になったのか?
はっきりとした資料が(少なくともタイ語では)なかなか存在していないようですが、読んで興味深いと感じた説をもとに整理していきます。
いつタイに唐辛子が伝来したのか?
タイ(シャム)に唐辛子が持ち込まれた時期については、「17世紀初め(およそ西暦1600年〜1615年)」とする説(*1)、「16世紀末〜17世紀初め(およそ西暦1590年〜1628年)」とする説(*2)などがあります。
(*1)『ประวัติศาสตร์พริก (ตอนที่ 1): พริกและการแฮ็คชื่อที่เงียบและดังที่สุดในประวัติศาสตร์ไทย』(タイ語)
(*2)『การเดินทางของพริกมายังสยาม』(タイ語)
また、日本語の書籍『世界の食文化⑤ タイ』によると、「16世紀」とあります。
「プリック」のページ
トウガラシである。原産地は中南米で十六世紀にタイに入ってきた新参者ではあるが、(以下省略)
出所:山田均著『世界の食文化⑤ タイ』p.248
これらを踏まえると、
タイに唐辛子が伝来したのは16世紀〜17世紀初頭
となるかと思います。
先日調べた『パパイヤ』の話では、パパイヤがタイに伝来したのは(諸説あるものの)もう少し後の17世紀〜18世紀だったという話がありました。
それと比べると、唐辛子は遅くとも17世紀初頭には伝来していたと考えられ、アユタヤ時代(*)には(ほぼ間違いなく)伝来していた、と言えるかと思います。
(*)アユタヤ時代(アユタヤ王朝):西暦1351年〜1767年
誰が唐辛子をタイに持ち込んだのか?
誰が唐辛子をタイへ持ち込んだのかについても諸説あるようです。
ポルトガル人が直接持ち込んだ説以外にも、ポルトガル人から「ケーク・テート(แขกเทศ、※インド人・ペルシャ(中東の)人を指す)」を経由して伝来したと推察する説(*)もありました。
その理由として、唐辛子の当初の名称「プリック・テート/พริกเทศ」は、「ケーク・テート/แขกเทศ」が持ってきた「プリック/พริก」とも解釈でき、ポルトガル人が直接タイへ持ち込んだのではなく、ペルシャ人のような「ケーク・テート/แขกเทศ」を経由して伝えられた、という説(*)が挙げられています。
(*)『การเดินทางของพริกมายังสยาม』(タイ語)
ポルトガル人(が直接)
ポルトガル人→ペルシャ人経由
いつ「พริก/プリック」の意味が胡椒から唐辛子になったのか?
続いて、いつ「พริก/プリック」の意味が胡椒から唐辛子になったのか?、について見ていきます。
こちらもはっきりと言及された資料は(恐らく)無く、当時発行された辞書(*1)や料理本などの書物を用いて「プリック・タイ/พริกไทย」や「プリック・テート/พริกเทศ」の語の使用有無を辿っていく記事(*2)(*3)を参考に整理したものが以下になります。
タイでの胡椒の名称は、19世紀末〜20世紀初め頃までには
「プリック/พริก」
↓
「プリック・タイ/พริกไทย」
に移行していった。
タイでの唐辛子の名称は、19世紀後半〜20世紀初め頃までには「プリック・テート/พริกเทศ」から「テート/เทศ」が外れ、
「プリック・テート/พริกเทศ」
↓
「プリック/พริก」
に移行していった。
もう少し簡潔にまとめると、「プリック/พริก」の意味が胡椒から唐辛子になった(+胡椒の名称に「プリック・タイ/พริกไทย」が使われるようになった)のは19世紀後半〜20世紀初め頃、と言えそうです。
(*1)アメリカ人宣教師ブラッドレー医師(Dan Beach Bradley)編纂のタイ語辞典『อักขราภิธานศรับท์』や、パーレゴワ(パルゴワ、Jean Baptiste Pallegoix/ฌ็อง-บาติสต์ ปาลกัว)編纂のタイ語辞典(ศริพจน์ภาษาไทย์)
(*2)『ประวัติศาสตร์พริก (ตอนที่ 1): พริกและการแฮ็คชื่อที่เงียบและดังที่สุดในประวัติศาสตร์ไทย』(タイ語)
(*3)『การเดินทางของพริกมายังสยาม』(タイ語)
その他参考情報
【参考①】pepperの語源もサンスクリット語
今回、「プリック/พริก」の語源を調べる中で知ったのが、胡椒を意味する英語「pepper/ペッパー」の語源もサンスクリット語、ということです。
サンスクリット語
「ピッパリー(pippalī/पिप्पली)」
意味:「畢撥」「長い胡椒」
学名:Piper Longum
※パーリ語は「pippala」で「胡椒」の意
※タイ文字表記は「ปิปฺปลี」
この「ピッパリー(pippalī/पिप्पली)」は、インドナガコショウ、ヒハツの花を意味するタイ語「ディープリー(diiplii/ดีปลี)」の語源でもあります。
唐辛子がタイに伝来するまでは、「ディープリー(diiplii/ดีปลี)」もタイ料理に辛味を加える調味料の一つとして用いられていたとのこと。
タイ南部では、インドナガコショウを「プリック/พริก」と呼び、さらにタイ南部の一部の地域では、この「ディープリー(diiplii/ดีปลี)」という語が「唐辛子」を意味するんだとか。
一部の地域でこのような意味の入れ替えが起きているのも興味深いです。
【参考②】ラオス語での「胡椒」「唐辛子」の言い方
タイ語 | ラオス語 |
---|---|
พริกไทย phrík thai プリッ(ク)タイ | ພິກໄທ phík thái ピッ(ク)タイ ※タイ語が語源 |
タイ語 | ラオス語 |
---|---|
พริก phrík プリッ(ク) | ໝາກເຜັດ màak phét マー(ク)ペッ(ト) |
ラオス語で「唐辛子」を意味する「マー(ク)ペッ(ト)」を分解してみます。
(màak phét/ໝາກເຜັດ)
:直訳は「辛い果実」
ペッ(ト)(phét/ເຜັດ):辛い
「マー(ク)」は果物を表す語にも用いられます。『パパイヤのタイ語名の由来/語源』の中で詳しくお話ししていますので、どうぞあわせてご覧ください。
【参考③】タイでの胡椒と唐辛子の生産高と主な生産地
タイでの胡椒の生産は、東部で行われています。
生産量のほとんどを占めるのがチャンタブリー県です。
2019年の数値によると、チャンタブリー県で全体の約96.6%を生産、トラート県で約2.6%、ラヨーン県で約0.8%でした(3県のみ)。
2019年の胡椒のタイ国内での年間生産量は、全国で2,219トンでした。
出所:http://www.oae.go.th/view/1/ตารางแสดงรายละเอียดพริกไทย/TH-TH
一方、唐辛子はさまざまな県で生産が行われています。特に生産量が多いのが、チェンマイ県、ターク県、チャイヤプーム県、シーサケート県です(順不同)。
また、2019年の唐辛子のタイ国内での年間生産量は283,515トンであり、胡椒の生産量と比べ大きな差があることが見てとれます。
出所:
https://www.doa.go.th/hort/wp-content/uploads/2020/10/สถานการณ์พริก_ตุลาคม63.pdf
http://www.agriman.doae.go.th/home/news/2563/37-38.pdf
さいごに|唐辛子のタイ語「プリック/พริก」の語源と歴史
本記事では、タイ語「プリック/พริก」の語源と、タイでの唐辛子の歴史について見てきました。
簡単にまとめます。
- タイ語「プリック/พริก」の直接の語源はモン語「เมฺรก(mreek)」、その元はサンスクリット語で(黒)胡椒を意味する「マリチャ(marica)」
- タイに唐辛子が伝来したのは16世紀〜17世紀初頭、持ち込んだのはポルトガル人(直接)、またはポルトガル人→ペルシャ人経由
- 「プリック/พริก」の意味が胡椒から唐辛子になった&胡椒を意味する語として「プリック・タイ/พริกไทย」が登場したのは、19世紀後半〜20世紀初頭
本記事は以上になります。
お読みくださりありがとうございます。
『ประวัติศาสตร์พริก (ตอนที่ 1): พริกและการแฮ็คชื่อที่เงียบและดังที่สุดในประวัติศาสตร์ไทย』(タイ語)
『การเดินทางของพริกมายังสยาม』(タイ語)
『สุจิตต์ วงษ์เทศ : น้ำพริก เป็นวัฒนธรรมร่วมอาเซียน แต่น้ำพริกเผาไม่ไทย และไม่อาเซียน』(タイ語)
『รสเผ็ดร้อนก่อนพริกเทศ: รอยรสชาติ โบราณพฤกษคดี และลาบเนื้อ』(タイ語)
https://nyonyum.net/ja/webmag/101_rays-mrech-kampot-cafe/
https://th.wiktionary.org/wiki/ម្រេច(タイ語)
https://th.wiktionary.org/wiki/ພິກໄທ(タイ語)
※該当記事へのアクセス日はすべて2021年6月21日(月)・6月22日(火)