先日読んだ一冊をご紹介します。
外務省に入り、アラビア語をゼロから勉強し、総理通訳を行うレベルにまで語学力を高めた、中川浩一氏の著書『総理通訳の外国語勉強法』です。
外務省に入り外交官を目指していたとはいえ、自分の希望していない言語を専門言語として割り当てられた著者。
帰国子女でもなく、学生時代の留学経験もない著者が、社会人になってから、それまで学習したことのない言語(=アラビア語)をゼロから勉強したとのことで、その方法に興味を持ったのが、本を手に取った第一の理由です。
私自身、大人になってからバンコクに住んだのがきっかけでタイ語を勉強し始めたこと、現在進行形でアラビア語を勉強していることから、共感できることが多いのでは…?と思ったのも、読んでみたいと思った理由の一つです。
実際に読んでみて、本書は、アラビア語以外のマイナー言語学習者にとっても、参考となる点がたくさんある印象を受けました。
タイ語を学習中の方にもおすすめしたい一冊。
学習中の言語の現在のレベルを問わず、読んでみると気づきや発見があると思います。
もちろん、著者は外務省の方で、少なくとも当時は語学の勉強が仕事のようなものだったでしょうから、一般の方と比べると優遇されている点が多いのは事実だと思います。
ですが、いくら優遇されている環境とはいえ、要人通訳を務めるまでのレベルに自身の語学力を高めた、その努力を惜しまなかったことは事実ですから、その経験談から得られることは少なくないと思います。
では、具体的にレビューしていきます。
世界最難関のアラビア語を24歳になってから始め、
天皇通訳、総理通訳まで務めた現役外交官が、
苦難の道のりの中で編み出した
秘伝の外国語習得術を惜しみなく伝授!
グローバル社会で外国語を武器にしたいビジネスパーソン、
英語を一からやり直したい日本人必読の書。第一章 総理通訳への苦難の道のり
第二章 外国語習得のエッセンス
第三章 「ネイティブ脳」より「日本語脳」
第四章 「インプット」より「アウトプット」
第五章 外国語習得の具体的メソッド
第六章 通訳のすすめ講談社BOOK倶楽部内該当ページより引用
『総理通訳の外国語勉強法』のおすすめポイント
この本を実際に読んでみて、私が感じたおすすめのポイントは以下の4点です。
- 平易な文章で書かれているので、読みやすい
(1.5〜2時間くらいで読了) - 著者作成のオリジナル単語帳の写真が掲載されており、参考になる
(単語毎に例文を書いているところに激しく共感) - (多くは書かれていないものの)外交官の通訳時の心境が垣間見れる
- 読了後、「語学学習を前向きにがんばろう!」と思わせてくれた
これらの点に加え、「これは使える!」と思ったのが、次にご紹介する『自己発信ノート』を作成する、という話です。
自身の学習に特に活かせると思った点|『総理通訳の外国語勉強法』
『自己発信ノート』の作成と、その具体的な手順
(第5章 外国語習得の具体的メソッド ①いつでも話せる「自己発信ノート」を作る pp94〜110)
語学学習においては、恐らく誰でもこの「自己発信ノート」の作成と似たようなことを、いつの間にか(または意識せずに)行っていると思います。
ですが、この本では、最初の段階(=初級レベル)からの進め方について具体的な手順が書かれているので、どの言語の学習にも応用可能で、非常に真似しやすいと思います。
具体的なやり方については、ぜひ本書を読んでみていただきたいと思います。
特に共感した&印象に残ったフレーズの引用|『総理通訳の外国語勉強法』
その外国語に関することに興味を持つこと
語学で大事な点は、現地の人と話すのが大切、その言語で何を話すのかが重要、そのためにその語に関連するトピックに関心を持たなければならない。
『総理通訳の外国語勉強法』p25より引用
以前、タイ語のスピーキング能力を上げたいという相談をいただいた際、アドバイスの一つとして「タイ人の好きなことに興味を持ってみよう」とお話ししたことがあります。
タイ語の場合は、話者が基本的にはタイ人ですから、
タイ語に関連するトピック=タイ人に関連するトピック
と言えます。
タイ人に関連するトピックの大きなものとして、タイ人が興味を持っていることに自分も興味を持つことで、話す機会が増えると思うので、著者のこの視点はとても共感できました。
自分が学習時に選択するトピックについて
①学習する題材は、自己発信に役立つものを選ぶこと
②選んだ教材は、できるだけ有効に活用して自己発信に結びつけること『総理通訳の外国語勉強法』p108より引用
ここで言う「自己発信に役立つもの」とはすなわち、自分が将来的に話す可能性のあるテーマということかと思います。
自分が将来話すテーマというのは、自分が興味のあることだったり、話し相手の興味のあることだったり、業務に関係のあることだったりすると思います。
この意識でインプットする際の精度が上がりますよね。
日本語をベースに外国語を学ぶということ
日本語からアラビア語への「置き換え」「日本語脳」の強化の訓練を「徹底的」にやりました。
『総理通訳の外国語勉強法』p70より引用
この点は、日本語と外国語との通訳・翻訳を目指す者にとって、必須ではないでしょうか。
また、著者はこのようにも言及しています。
「ネイティブ脳」がないのにネイティブのように日本語を介さずに勉強すると、いちばん怖いのが「わかったつもり」になってしまうこと。
(途中省略)
頭で考えていることが正しい外国語で出てこないという事態になりかねません。
(途中省略)
いかに自分がアラビア語を日本語に訳せないか、正しく理解していないかを痛感させられました。
『総理通訳の外国語勉強法』pp70〜71より引用
この点は私自身も経験があります。
タイでタイ語を勉強していた頃は、自分が理解できれば良かったので、都度日本語に置き換えることをしていなかったんですよね。
タイ語で学び、そのまま理解する。
このやり方は、タイ人とやりとりしている限りは問題なかったのですが、日本語に訳したり、日本語から訳そうとすると、途端に適切な日本語が出てこなかったり(脳が訓練されていない証拠)、日本語からタイ語に訳すのに時間がかかってしまう…なんてことがありました。
語学学習の目的によるのでしょうが、将来的に「訳す」ことを仕事に結びつけたい方は、早い段階から自分の思考を行う&語彙の多い日本語をベースに外国語に置き換えていくことも意識して訓練することをおすすめしたいと思います。
ですが、この「日本語脳を強化する」という訓練について、著者は以下の点にも言及されています。
日本語と外国語双方が揃った文章を使ってください。
『総理通訳の外国語勉強法』p71より引用
英語のような言語であれば、日本語と英語の両方が書かれている文章を探すことは難しくないのでしょう。
アラビア語も教材を探す難易度は決して低くないと思いますが、タイ語に関しても、教材に使えそうな題材を探すのは正直簡単ではないと思います。
中級レベルまでは教材が探せると思いますが、上級レベルは難しいと思います。
一案としては、タイ語を勉強している日本人よりも、日本語を勉強しているタイ人のほうが圧倒的に多いので、タイ人の日本語教材(上級者向け)を活用する手があるかと思います。
実際、私の手元にも、タイ人向けの日本語能力試験N1(1級)、N2(2級)の教材があります。
どちらもバンコクで購入した教材のため、ベースはタイ語で書かれているものです。
意見が違うところ|『総理通訳の外国語勉強法』
本書は、その多くが共感する内容だったのですが、リスニングに関しては、少し意見が違うように感じました。
リスニングのコツは、聞き流さず、習った文章だけをひたすら何度も聞き「復習」すること。
『総理通訳の外国語勉強法』p56より引用
自分が発声したことのない単語は、脳に音を「受信」する態勢ができていないために、どんなに良い音でインプットしても脳には残らないのです。
『総理通訳の外国語勉強法』p83より引用
私も「自分が知らない音は、聞き取れても意味が掴めない」と思っているので、著者が仰っていることもよく分かります。
ですが、私は
- たくさん聞くことでスピードについていけるようになる
- たくさん聞く→何度も出てくる→調べる→(意味が分かったという意味で)聞けるようになる(=意味が取れる)
と思っています。
①はもちろん、②のプロセスも、リスニング強化のプロセスとしては必須だと思っている人間です。
習った文章に限定してしまうと、リスニングすべき情報量が少なくなってしまうのでは?と思うわけです。
習う文章が全てリスニング教材として揃っていればいいですが、言語によってはそうでもないですよね。
これも、英語のようなメジャー言語とタイ語のようなマイナー言語では、教材の選択肢に差がありますので、マイナー言語の場合は、②のようなプロセスにせざるを得ないように感じています。
市販の教材がなくとも、語学レッスンの先生(や知人)にお願いして作ってもらう、という方法はもちろんあると思いますので、学習にかけられる時間やお金との兼ね合いかもしれません。
著者は、最短でレベルアップさせた方法を教えてくれているので、その点においては然るべき方法なのかもしれないですね。
その他感想|『総理通訳の外国語勉強法』
その他の感想です。
(一個人の感想です)
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- 自分を正しい方向に導いてくれる優秀な先生に出会えるかどうかというのは、語学学習において極めて大事ですが、見つけるのは案外時間がかかったりしますよね。著者は外務省の方なので、その辺りは恵まれていた部分もあるのでは?と思いました
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- 「総理通訳」経験がある、という点についての言及が少し多いかなと思いました。
タイトルに明記されているので、本文中に何度も出てくる必要はないと思いました(穿った見方をすれば、ちょっと自慢されているようにも読めるため、逆に勿体なく感じたほどです)。
- 「総理通訳」経験がある、という点についての言及が少し多いかなと思いました。
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- 本書は、学術的なものというよりは、著者の自身の経験をベースにした体験談を綴ったようなもののため、専門的な事柄を期待して読むと、期待外れになるかもしれないと感じました。
通訳の心構え、要人通訳を行う際、自分はどのようにやってきたか、という経験が綴られているもので、体験談のため読み易いというメリットもあるかなと。
- 本書は、学術的なものというよりは、著者の自身の経験をベースにした体験談を綴ったようなもののため、専門的な事柄を期待して読むと、期待外れになるかもしれないと感じました。
- 著者はアラビア語の専門家なので、アラビア語にクローズアップした学習本や解説書のようなものをぜひ出してほしいと思いました。
さいごに|語学学習者におすすめの『総理通訳の外国語学習法』
語学習得に近道はないし、結局はコツコツ・淡々と積み上げていくのみ、なんですよね。
ですが、本書『総理通訳の外国語勉強法』のように、最終形を形で示してくれるのは、語学学習に度々出会う出口の見えない暗闇に光を差してもらえるような気がするので、有難いです。
もちろん、丸呑みで真似する必要はないし、立場が違うので完全に同じように勉強するのは難しいとは思いますが、今回本書を読んでみて、参考になる部分があったので、現在勉強中のアラビア語の学習過程においては、多少タイ語よりも効率的にレベルアップしていけるかな、という前向きな気持ちになりました。
おすすめの一冊です。